永生編

人形の旅 - 永生(2)

放たれ続ける殺気を辿れば、 その発生源に辿り着くことは容易でした。

ですが、 殺気の正体を追うよりも先に、 この神殿についての情報―― 例えば、過去の記録や日誌を探したいと考えました。

この神殿がいつ建てられたものなのかは分かりません。 数万年前の建造物である可能性もあります。

ただ、 既存の神殿では、 少なくとも千年以上前から 日誌を残す習慣がありました。

もしそれが、 古くから受け継がれてきた伝統であるならば、 この神殿にも、 何らかの記録が残されているかもしれません。

しかし、 神殿の内部構造は非常に広大で、 回廊や各区画は複雑に入り組んでいました。

普通の探索者が、 目的もなく探し回った場合、 二、三日―― 下手をすれば数週間かかっても、 目当ての情報に辿り着けないでしょう。

理論上、 魔力を持つ者にとって、 空間探索の最も簡単で直接的な方法は、

自身の魔力を一本の線として凝縮し、 それを周囲へと伸ばし、 分岐点ごとに線を分け、 探索範囲を拡張していくことです。

しかし、 この方法は理論上可能なだけで、 実際に行える者はほとんどいません。

莫大な魔力を必要とするため、 多くの魔法使いたちは、 透視魔法など、 別の手段を選択します。

ですが、 ほぼ無限に近い魔力を持つ私にとって、 それは問題ではありませんでした。

私は目を閉じ、 魔力を瞬時に複数の線へと凝縮し、 それらを外へと伸ばして探索を開始しました。

しばらく探索を続けたのち、 私はいくつかの反応を捉えました。

その中には、 結界のような封印を感じる場所、 過去に残された魔力の痕跡を感じる場所がありました。

他に特筆すべき反応のない空間よりも、 まずはそれらを優先して調査することにしました。

とはいえ、 この広大な空間の中で、 有意な反応を得られたのは、 わずか二か所だけでした。


最初に辿り着いたのは、 封印が施されている場所でした。

目の前の大扉には結界が浮かび上がり、 内部への侵入を 固く拒んでいます。

……この結界は、 想像以上に複雑でした。

思いもよらない符文構造が幾重にも組み込まれ、 中には、 私ですら見たことのない符文も存在します。

それらが互いに噛み合うことで、 極めて解析困難な結界を形成していました。

さらに驚くべきことに、 これほど複雑な結界が、 ほぼ一万年にわたり 誰の手も加えられていないにもかかわらず、

魔力の劣化や散逸による弱体化が、 一切見受けられなかったのです。

私は掌を結界に当て、 ゆっくりと魔力を解放しました。

魔力同士の接触を通して、 結界の微細な構造、 各符文の効果を読み取っていきます。

しばらく解析を続け、 結界全体の構造を おおよそ把握することができました。

未知の符文もありましたが、 経験からその役割は推測できます。

解析が終わると、 私は段階的に結界を解除し始めました。

一つ、 二つ、 三つ……。

――おかしい。

この結界は、 私が想定していたほど単純ではありません。

まるで意思を持つかのように、 破壊された符文構造が、 時間を置かずに自動修復されていくのです。

「……結界を張った者は、 相当な魔法の使い手だな」

この結界は、 現代においても、 天才と称される魔法使いたちの結界に 決して劣らない出来でした。

特に、 自己修復機能を備えた結界など、 私の生涯でも、 三度と遭遇していません。

このまま解析と解除を続けても、 修復速度に追いつけず、 時間の無駄になるだけです。

――強行突破するしかありません。

ただし、 結界の破壊には常に危険が伴います。

解析済みとはいえ、 未知の機能が仕込まれていないとは、 断言できません。

防衛機構の発動による 無差別転移、 あるいは結界を守護する存在の召喚――

そうした可能性も考慮する必要があります。

ですが、 もはや他に手段はありません。

唯一できることは、 防衛機構が完全に起動する前に、 結界そのものを 完全に破壊すること。

そして、 最も懸念すべきは 「魔力反発」です。

反発が起きた場合、 私は結界破壊に用いた魔力を、 そのまま自らの身体で 受け止めることになります。

下手をすれば、 結界は半壊、 私は重傷―― という最悪の結果もあり得ます。

しかし、 試さなければ結果は分かりません。

私はそれ以上考えるのをやめ、 目を閉じ、 掌に魔力を集中させました。

魔力は徐々に球状となり、 やがて大きく膨らんでいきます。

一定の大きさに達したところで、 性質の異なる魔力で包み込み、 圧縮していきました。

それは、 眼球ほどの大きさの 小さな球となります。

私はそれを、 一気に、 結界へと叩き込みました。

球体が結界内部に押し込まれた瞬間、 外部からの圧縮を失った魔力は、 内側で急激に膨張を始めます。

符文構造を内側から押し広げ、 結界の基盤そのものを破壊していきました。

溢れ出す魔力と結界の力が衝突し、 神殿全体が激しく揺れ始めます。

結界には無数の亀裂が走り、 中心から外へと広がっていきました。

その裂け目からは、 結界が持つ原初の魔力が、 溢れ出しています。

互いの魔力は侵食し合い、 まるで相手を呑み込もうとするかのようでした。

――そのとき、 強烈な衝撃が走りました。

やはり、 魔力反発が発生したのです。

結界の前に立つ私の身体は、 拮抗する二つの魔力が接触するたび、 爆発的な衝撃を受け続けました。

結界を構築した者の魔力量は、 私とほぼ同等。

数万年前の魔法使いが、 これほどの存在だったとは―― 想像を超えています。

考えている余裕はありません。

私は即座に、 多重防御結界を展開し、 自身を包み込みました。

しかし、 結界は一層、 また一層と砕かれていきます。

想定を上回る衝撃に、 私は次々と 防護結界を張り直さなければなりませんでした。

一分以上が経過した頃、 封印されていた大扉の結界は、 ついに完全に崩壊しました。

私の状態も、 決して良いものではありません。

痛覚はありませんが、 身体には微細な亀裂が走り、 内部の魔力も不安定に揺らいでいます。

――これが、 魔力反発の代償。

それでも、 結界の突破には成功しました。

私は顔を上げ、 ようやく開くことのできる 大扉を見つめます。

「この扉の先には、 どんな過去が隠されているのだろう」

そう思いながら、 私は扉を押し開きました。

扉の向こうに広がる光景は、 私に強い衝撃を与えました。

――そこは、 人体実験が行われていた部屋でした。

……ただの人体実験ではありません。

扉を開けただけで、 部屋に残留した魔力が、 意思を持つかのような悪意を帯び、 私の精神を侵食しようとします。

そこからは、 強烈な怨嗟、 絶望、 苦痛の感情が渦巻き、

まるで、 誰かに睨みつけられているような 錯覚すら覚えました。

ここで…… 一体、 何が起きていたのか。

この部屋の過去、 先ほど感じていた殺気、 そして神殿が生命力を奪い続ける 異常な現象――

それらは、 どのようにつながっているのか。

真実を知るため、 私は一度、 深く息を吸い込み、

静かに、 部屋の中へと足を踏み入れました。