再び目を開けたとき、 先ほどまであった光は、 すでに完全に消えていました。
彼らを安息の地へと送り届けることはできましたが、 私の心は、 決して軽くはなりませんでした。
「彼ら」の姿に、 かつての弟子の面影を重ねてしまったのです。
それは、 怒りと、 どうしようもない無力感を呼び起こしました。
あのときの「彼ら」を救えなかった自分。
この神殿では、 いったい何のために、 これほど残酷な実験が行われていたのか。
「彼ら」は、 どれほどの苦しみを味わったのだろう。
ここで、 実験によって失われた命が、 いったいどれほどあったのか―― 想像することすら、 できませんでした。
過去に何が起きたのかを、 もっと知りたいと思いましたが、 この場所には、 散乱した実験器具以外、 一冊の本すら残されていませんでした。
実験室へ来るまでに通った書庫にも、 意図的に破壊された痕跡が残っていました。
まるで誰かが、 すべての記録を消し去り、 この場所で何が起きたのかを、 誰にも知られたくないと願ったかのように。
実験室を出ようとしたそのとき、 「彼ら」が残した、 かすかな魔力の痕跡に気づきました。
もしかすると、 「彼ら」は、 まだ何かを伝えようとしているのかもしれません。
私は迷うことなく、 自らの魔力を使い、 その痕跡を辿りました。
そして辿り着いた先は、 先ほど探索で感知していた、 もう一つの目標地点でした。
魔力の痕跡が導いた先にあったのは、 それほど広くない一室。
そこには、 錆びついたベッドフレームが、 数十も積み重なるように置かれていました。
入口に立ち、 周囲を見渡すと、 廊下の他の場所にも、 同じような部屋がいくつも並んでいます。
どうやらここが、 当時、 実験のために捕らえられた人々が 過ごしていた部屋のようです。
数ある部屋の中で、 「彼ら」が私を導いたのは、 この部屋でした。
きっと、 ここにこそ、 「彼ら」が伝えたかったものがある。
私は部屋に足を踏み入れ、 魔力の痕跡が集まる場所へと視線を向けました。
それは、 部屋の最も奥、 天井の隅。
――どうやら、 伝えたいものは、 天井の上に隠されているようです。
ベッドフレームはすでに脆く、 部屋の奥へ進む途中、 わずかな接触だけで、 次々と崩れ落ちていきました。
そのため、 私は飛行魔法で宙に浮かび、 天井の隅へと向かいました。
一枚一枚、 石板をそっと押し上げ、 仕掛けがないかを確かめます。
感触から判断すると、 天井の上には、 空間が存在しているようでした。
「彼ら」が残したものは、 きっとそこにある。
かなりの時間をかけましたが、 特別な仕掛けや、 入り口らしきものは、 見つかりませんでした。
「……謎解きって、 本当に苦手だな」
千年以上生き、 数々の遺跡を巡ってきた今でも、 私は謎解きが得意とは言えません。
「まあ、 あれは謎解きというより…… ほとんど全部、 魔法で壊して突破してきただけだけど」
「……あれ?」
「そもそも、 どうして私はここで謎解きをしているんだろう。 魔法で解決すればいいのに」
そう気づいた瞬間、 千年経っても変わらない自分に、 思わず笑ってしまいました。
『どれだけ時が経っても、 あなたは昔のままね。 ほんと、 ちょっと不器用なんだから』
――優熙なら、 きっとそう言うでしょう。
天井の構造が脆いことを考え、 私は指先にだけ魔力を集中させました。
もう一方の手で天井を支えながら、 指先で、 石板に正方形を描くようになぞります。
「……!」
次の瞬間、 正方形に切り取られた石板が外れ、 私の手のひらに落ちてきました。
それを脇に置き、 私は飛行魔法で、 天井の上の空間へと入り込みます。
そこは、 完全な闇に包まれた場所でした。
あまりにも暗いため、 魔法で光を灯すと、 小さな空間が浮かび上がります。
高さは、 しゃがんだ人がやっと収まるほど。 動くのも容易ではありません。
「……そもそも、 人が入るための場所じゃなかったんだろうね」
狭い空間の一角に、 すぐに気づきました。
そこには、 大量の本が積み上げられていました。
私は慎重に近づきます。
本はすべて、 厚く埃をかぶり、 長年適切に保存されていなかったため、 多くが破損し、 中には紙屑と化しているものもありました。
「ここまで壊れていると…… 書物修復の魔法も、 通用するか分からないな」
「……でも、 まずは下へ運ぼう」
空間が狭すぎるため、 私は本の山を、 そっと魔法で浮かせ、 地上へと移動させました。
その後、 修復を試みましたが、 何度繰り返しても、 途中で崩れ、 紙屑に戻ってしまいます。
どうしても、 完全に修復することができません。
『本はね、 心を宿す器でもあるの。 文字を通して、 書いた人の想いや感情に触れられるのよ。 不思議でしょう?』
ふと、 優熙の言葉が、 脳裏に浮かびました。
「……本が心の器なら」
「修復できなくても、 記憶を読み取ることで、 内容に触れられるかもしれない」
私は再び魔法を展開しました。
今度は、 修復のためではありません。
紙屑に残された「心」に、 触れるための魔法。
やがて、 一片一片の紙屑が、 小さな光球に包まれていきました。
最後の紙屑が包まれると、 無数の光球が互いにつながり、 目の前に、 巨大な輝く網を形作りました。
私はその網に手を当て、 目を閉じます。
そして、 「心」で、 彼らの記憶に触れました。
次第に、 周囲の音が消え、 完全な静寂が訪れます。
目を開けると、 私は、 静かな闇の中に漂っていました。
やがて、 まばゆい文字が、 一行、 また一行と、 目の前に現れます。
読み進めるごとに、 文字は更新され、
私は、 この神殿で、 かつて何が起きたのかを、 少しずつ理解していくのでした。